海洋ごみモザイクアート展2026 ー作品紹介ー

ー 子どもたちの未来のために ー
私たちは、“本当の海”を見てきたのでしょうか。
それとも、“美しい海”という表面だけを見ていたのでしょうか。
美しさと痛みの共存
海洋ごみは、ただの廃棄物ではありません。
それは、私たち人間社会の「無関心の象徴」であり、同時に地球という生命体が受けた“痛み”の記録です。
本展では、美しさ=海 痛み=海洋ごみ
をモザイクアートの中に凝縮し、ひとつの作品として再構築しています。
38回の清掃、3848枚の記録
この作品は、想像から生まれたものではありません。
北九州市若松区近海での清掃活動、これまで計38回(個人およびボランティア活動を含む)
2026年1月18日時点で、記録写真は3848枚にのぼります。
作品の撮影地は、夏井ヶ浜はまゆう公園(芦屋)で行いました。
海に立ち、拾い、記録し、向き合い続けた時間が、作品の土台になっています。


モザイク表現の意図
清掃活動と海洋ごみ問題の深刻さを、量的事実の視覚化によって認知の転換へ導く。
それがモザイク構造の意図です。
一枚の美しい海の写真は、清掃活動と無数の海洋ごみの記録写真によって構成されています。
遠くから見れば美しい海。近づけば、実態を投影した事実を写しています。
モノクロ×色彩の対比
今回の中心作品はモノクロで構成されています。
モノクロは、社会の無関心や海洋ごみの問題の深刻さを象徴しています。
一方、色彩は子ども=希望、未来を象徴します。
私たちは、これからどんな色を重ねるのか。
その選択は、今を生きる私たち大人一人ひとりの手に委ねられています。

悪意よりも、無関心
海洋ごみの多くは、
「まあ大丈夫だろう」
「自分ひとりくらい」
「誰かが何とかするだろう」
その小さな無関心の積み重ねが、静かに海へと流れ着きます。
倫理の問題は、静かな無関心から始まります。
この展示は、私たち自身が当事者であるという事実を静かに受け止めるための空間です。
余白(空白)の教育的意義
作品の随所に、意図的に余白を設けています。
それは未完成だからではありません。
観覧者自身が、「問い → 思考 → 対話 → 行動」へと進むための空間設計にしています。
教育とは、答えを与えることではなく、問いを持つ力を育てることです。
子どもたちの作品展示
本展では、放課後デイサービスの子どもたちの作品も展示しています。
子どもたち自身が感じた問いや感性を、作品として表現しました。

無関心を変える一歩
一度、海岸清掃に参加する。子どもと話し合う。
それだけでも、日々の選択を少しだけ変えるかもしれません。
その小さな行動は、無関心を“自覚”へと変えます。
無関心が積み重なるか、自覚が積み重なるか、選択次第で子どもたちの未来は変わります。
このプロジェクトは続いていく
本展示は単発のイベントではありません。
海岸清掃の記録、参加人数、回収量、年度ごとの変化。
それらは、海の状態と同じように毎年変わり続けます。
最後に
この海は、あなたに何を問いかけていますか。
あなたは、その問いから目をそらしますか。それとも、引き受けますか。
問いを持つこと。それこそが、未来を変える最初の一歩です。


